日々の泡
Jigsaw Puzzle
Jigsaw Puzzle…仕事を終えてそこに行ってはゲームに浸り様々な欠片を拾い集めていた。でもそれはジグゾー・パズルのピースとは違う。雨が降る前に解くことなんてできやしない。どれだけ時間をかけたところで何も完成されることはない欠片だ。
3つの本音
ある3つの本音。それはある意味本音であり建前であり。異論反論などは受け付けない。それはボクの本音なだけだ。あれこれ言われる筋合いはない。それにしても筋合いがないと言ってもつべこべ言いたがる奴っているんだよな。暇をそこまで持て余しているのかな?
SOMEDAY/OVERLAPのカセット・テープが流れる2つのシーン
年上の彼女からもらって年下の彼女に引き継がれた『SOMEDAY/OVERLAP』のカセット・テープ。あのあとどうなっただろう?なぜか海の底に沈んでしまったそのカセット・テープのイメージがボクの頭の中にある。それはいったい何を表しているのか?
価値観の違いと性格の違い
価値観と性格の違いは似て非なるもの。性格の違いはどうってことないが価値観の違いは致命的。今の自分のパートナーはどう?性格が合わないくらいなら、それは大して悩む必要なんてない。ただ、価値観がもしも異なるのなら少し考えた方が良いかもしれない。
逃げ出したくなることだってある
逃げ出したくなることだってある。それは甘えなんだろうか?我儘なんだろうか?悪いことなんだろうか?ハンガリーの諺にSzegyen a futas, de hasznos(逃げるは恥だか役に立つ)というものがある。逃げることは選択肢であり戦略だ。
富士吉田のうどんと志村正彦とクリスマス・イヴと
『富士吉田のうどんと志村正彦とクリスマス・イヴと』。彼が魔法をかけた音楽を聴いてからは、ボクの中で富士吉田と言えば吉田のうどんだったけれど今ではもう志村正彦になってしまった。そして、クリスマス・イヴと言えば、彼が消えた日になってしまったな。
時間が経つといろいろな可能性がゼロになることもあれば考えもしなかった可能性が現実になることだってある
時間が経つといろいろな可能性がゼロになることもあれば考えもしなかった可能性が現実になることだってある。可能性は拡がったり縮んだりするものだ。だからそのことを忘れずにタイミングを見計らって物事のはんだんをしていくようにしなければいけないのだ。
時間が向こうからやって来てどうぞ自由に使ってねと言ってくれていた頃のお話
下らないことばかりの日々で後悔の数が増えると、 時として大事なものをきちんと丁寧に大切に扱えるようになる。そんな風に考えると、後悔の数を増やすこともあながち悪いことではなくなるのだ。まあ、考え方次第で同じことでも違うものになるということだ。
小確幸の連続は幸せを状態化するのかもしれない
本来、幸せとは状態ではなくそう感じる瞬間。だから状態として幸せになるとか、なんて自分は不幸なんだろうと思うのはちょっと違う気がする。ただ日常生活での小さくてささやかだけれど確かな幸せをいつも感じられるのだったらそれはある意味幸せ状態かもな。
キンクスと太宰治がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!
秋分の日になると必ず聴く曲がある。キンクス1967年リリースの『Something Else By The Kinks』から『Autumn Almanac』。そして必ず読む文章がある。太宰治の『ア、秋』。知っている人が増えるといいなと思う。