テープ・レコーダーで録音する『モーツァルトの交響曲』

モーツアルト

モーツァルトの交響曲

「たとえば、君がテープレコーダーでモーツァルトの交響曲を録音したと思ってくれ。それを聴き直していたら、二楽章の真ん中あたりから三楽章の真ん中あたりまで音が飛んでいた、途中がそっくり消えてた、みたいなものや。…」

村上春樹- 一人称単数- ウィズ・ザ・ビートルズ-p104

さて、
ここに出てくるモーツァルトの交響曲は第何番なんだろう?

モーツァルトの交響曲は、
一応1番から41番まであるけど実際は41曲ではない。

真作として間違いがないと言われているものが39曲あって、
偽作及び疑作の疑いがあるものが9曲ある。

他にも紛失したものや、
セレナードやオペラ序曲からの編曲なんかもある。

なので一体何曲あるのか?
は良くわからない。

その中でどれくらい聴いたことがあるのか?というと、
多分半分も聴いたことがないんじゃないかと思う。

しかも、
今ではまず聴くこともなくなっている。

でもまあここに出てくるのが何番なのか?
と想像するとやはりト短調の40番が最初に出てくる。

何故?と訊かれても困るけれど、
出てくるのだから仕方がない。

小林秀雄 – モオツァルト

もう二十年も昔の事を、どういう風に思い出したらよいかわからないのであるが、僕の乱脈な放浪時代の或る冬の夜、大阪の道頓堀をうろついていた時、突然、このト短調シンフォニイの有名なテエマが頭の中で鳴ったのである。僕がその時、何を考えていたか忘れた。いずれ人生だとか文学だとか絶望だとか孤独だとか、そういう自分でもよく意味のわからぬやくざな言葉で頭を一杯にして、犬の様にうろついていたのだろう。ともかく、それは、自分で想像してみたとはどうしても思えなかった。街の雑沓の中を歩く、静まり返った僕の頭の中で、誰かがはっきりと演奏した様に鳴った。僕は、脳味噌に手術を受けた様に驚き、感動で慄えた。百貨店に馳け込み、 レコオドを聞いたが、 もはや感動は還って来なかった。

小林秀雄-モオツァルト


この時小林秀雄の頭の中に鳴り響いたのは、
どうやら交響曲第40番の第4楽章らしい。

ちなみにモーツァルトのト短調のシンフォニイは、
25番と40番だけだ。

モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青や海の匂いの様に、万葉の歌人が、その使用法を知っていた”かなし”という言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない。まるで歌声の様に、低音部のない彼の短い生涯を駈け抜ける。

小林秀雄-モオツァルト

よく勘違いをしているケースを見掛けるが、
この文章がこの交響曲にことではなく『弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516』のことだ。

ブルーノ・ワルター/コロンビア交響楽団

というわけで、
モーツァルトの『交響曲第40番ト短調K.550』。

初めてこの40番を買ったのは、
ブルーノ・ワルターがコロンビア交響楽団を指揮したもの。

久しぶりに聴くと、
やはり悪くない。

結局、
ワルター/ コロンビア響の他のモーツアルトの交響曲もあれこれと聴いてしまった。

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